庭木のクロマツとは

 クロマツと言えば、日本の代表的な庭木であり、歴史的にも文化的にも日本を語るのに欠かせない樹木として、知らない人はいないくらい有名ですね。
 歌舞伎の背景や会場の緞帳には見事なクロマツが描かれ、式典の花台にはクロマツの盆栽が置かれるなど、日本人の日常でもよくつかわれる樹木です。
 実は島根県の県木も出雲市の市木もクロマツです。出雲地方のクロマツは出雲松と呼ばれ、経済成長期には全国各地から出雲の松を求めて植木屋が競って仕入れては、各地で庭木販売していました。それくらい出雲松は素性が良かったのです。
 このように日本人に愛されているクロマツですが、クロマツを育てるには、クロマツ独特の性質について知っておく方がいいでしょう。
 そこで、クロマツとはどんな庭木なのでしょう。その特徴について解説しましょう。

好物は太陽光

 庭木が生長するには3つの条件、光、空気、水が必要です。光は光合成をするために必要です。空気のうち酸素は呼吸のために、二酸化炭素は光合成のために必要です。水は栄養分とともに吸い上げて全身に巡ります。
 どんな庭木もこの3つは欠かすことのできない要素ですが、クロマツは他の木に比べて特に光が大好物です。そもそもクロマツは寒いところを好んで育つ針葉樹です。寒いところの限られた太陽光を効率的に吸収するために、葉は針状になり、どんな角度の光も垂直にとらえることにより、吸収率を高めていました。このように太陽光を効率的に吸収するための体質改善までしている庭木ですから、太陽光が少しでも減ってしまうと葉が枯れて落葉してしまいます。
 太陽光を効率的に吸収できる葉の寿命は1年程度です。古くなった葉は茶色くなって垂れさがっているのは、太陽光の吸収率が落ちて、使い物にならなくなったからです。
 それほど太陽光が大好きなクロマツですから、放っておくと自身の葉の陰になって下枝や内側の枝から順に落葉してしまいます。松林の中に入ると、下枝がほとんどなく、上の方に葉が見える光景は、光の関係で出来上がった景色なのです。
 このような性質であることから、クロマツには独特の剪定方法が使われているのです。
 

独特の剪定

 庭木には剪定が必要です。剪定をすることで美しい姿を保ち、庭木としての役割を果たします。剪定は庭木の性質に合わせて行う事が重要です。強く刈り込むのを好む庭木もあれば嫌う庭木もあります。
 その点、クロマツは独特の剪定方法となります。クロマツは非常に新芽の伸びが早く、真っすぐ上に上に、太陽光を求めて伸びる性質があります。神社仏閣などに背が高く大きなクロマツを見たことがあると思いますが、それほど伸びるのが早い木なのです。
 庭木としては大きくなってほしくないものです。特に、形を美しく整えたクロマツは、万年大きさが同じで美しく保たれていることを、一つの芸術的な視点で愛でるという庭木でもあります。何十年も何百年も大きさを同じく整えるためには、クロマツの性質を熟知した剪定方法が必要です。地方によっても多少の違いがありますが、出雲地方では、クロマツは年に2度剪定します。
 1回目は、春5月~6月に行うみどり摘みです。みどりとはクロマツの新芽です。つまり、新芽を摘む作業のことです。芽摘みとも言います。新芽を摘むことで、クロマツは摘んだ芽の周辺から数本の新しい芽を出します。この芽は梅雨を過ぎて出た芽のため、あまり長くびることができず、葉を展開していきます。そのため、間延びした枝を作ることなく、短く締まった枝を作ることができます。

 2回目は冬期の揉み上げです。昨年展開した古い葉を揉むようにして千切っていくことから、揉み上げと呼ばれています。古い葉は光合成の能力もほとんどなく、さらに、光を妨げて影を作ってしまうため、取り除くのです。こうすることによって、光が下枝まで入ってきて、クロマツ全体が健全に生長できるのです。

 この2回の剪定で、クロマツは下から見ると青空が透けて見えるほど葉が少なく整えられます。見た目も美しいですが、クロマツの生長速度を調整しつつ、光量を保つという日本人があみ出したクロマツ独特の剪定技術です。

使命はパイオニア

 海岸沿いに立ち並ぶクロマツを見たことがあると思います。海岸の防風林として素晴らしい仕事を果たしています。しかし、考え見ると、海岸という場所は植物にとって非常に過酷な場所です。砂は水分がほとんどなく、深く掘ると出てくるのは海水です。風は強風で砂が常に動いています。冬になると強風といっしょに潮しぶきが被さってきます。
 こんな過酷なところでは、ほとんどの木は育つことができません。見渡してもクロマツくらいしかないという状態です。砂浜があればまだいいですが、土が全くない岩の上にもクロマツは育っています。いったいクロマツはどうやってこんな過酷なところで平気で育っているのでしょう。

 実はクロマツは、水分が非常に少なくても生きていける体質を持っています。さらに、養分がほとんど得られなくても平気な体質でもあります。その代わり、太陽光をたくさん浴びて、根には十分な酸素が必要です。それさえあれば、どんなに過酷なところでも生きていけるのです。
 このような性質から全国の海岸沿いにクロマツが植えられました。クロマツは過酷な場所ほど、他の木に邪魔されることなく太陽光を独り占めにできるため、すくすくと育ちます。大きく育つと自身の葉をどんどん落として、土は徐々に腐葉土となります。腐葉土となると、水分もしっかり保水できるため、新たな木の種が発芽して常緑樹や落葉樹が育つ環境となります。他の木が育ってくると、クロマツは太陽光を奪われてしまい、徐々に衰退していきます。
 つまり、クロマツは植物が育つことができない過酷な環境を真っ先に開拓して、他の木が育つ環境になるとそこから去っていくのです。このような性質から、クロマツは先駆植物という意味でパイオニアプランツとも呼ばれているのです。

水より酸素

 上述のようにクロマツの根は、非常に乾燥した場所を望みます。たくさんの水よりも酸素を好むからです。盆栽もほんの薄い鉢の中で十分に育っています。からからに乾燥した土壌でも平気です。逆に粘土のような土壌は嫌います。岩で囲まれた砂の土壌が快適なのです。
 造園職人は、クロマツの植栽に沢山の腐葉土や肥料を使いません。砂や炭など通気性の良い土壌を使います。水より酸素を重視して土壌環境を作るのです。
 街路樹や公園のクロマツが徐々に衰退して、最悪の場合倒木してしまうのは、土壌が固くなり酸素不足になることから根が腐ってしまうからです。砂浜のようにいくら固めても固まらない土壌ならば、クロマツは根を深く伸長し、ビクともしない大木に育つのです。

親友の菌

 クロマツがどれだけ養分のない土壌でも平気で生きていけるのには理由があります。それは、仲間の存在です。その仲間とは、菌類です。この菌類は、地面のすぐ下を広い面積に広がります。菌糸という細く白い糸のようなものを張りめくらせています。そして、クロマツの根にからみます。なんと菌類は広い面積からかき集めた養分をクロマツに渡しています。そして、クロマツが光合成でつくった養分を、逆に菌類に与えているのです。このようなお互いを助け合うことを共生関係といいます。この菌類の名は、根にからまることから菌根菌と呼ばれます。
 なんとも不思議だと思われたことでしょうが、実は菌根菌の存在は皆さんも知っています。アカマツの菌根菌は有名だからです。それはマツタケです。マツタケはアカマツ林でしか見られない理由はここにあります。

外敵の菌

 クロマツには菌根菌のように仲間の菌類がいますが、外敵の菌類もいます。島根県では猛威を振るっている葉ふるい病は葉枯病の菌類です。これらは、非常に小さな胞子が風にのってクロマツの葉につきます。すると、葉が茶色く枯れていきます。そして再び胞子を飛ばして被害を拡大していきます。
 この菌類については、別のブログ「クロマツの葉が茶色くなってきたけど大丈夫ですか?」でも紹介していますので、ご参考ください。

宿敵マツクイムシ

 マツクイムシという名前は1度は聞いたことがあるのではないでしょうか。マツクイムシにやられると、もう助かりません。クロマツを枯死させる恐ろしい虫です。いったいどんな虫でしょうか。マツを食う虫ですから、きっと恐ろしいいでたちなのでしょう。
 これは、原因が不明であった時代に名付けたもので、実際はマツを食らう虫の存在はありません。原因は線虫です。これはについても別のブログ「クロマツの葉が茶色くなってきたけど大丈夫ですか?」でも紹介していますので、ご参考ください。

一度いじけたら復活が厳しい

 クロマツは幹や枝から自由に芽を出すことができません。よって、丸坊主にすると必ず枯れてしまいます。他の庭木の多くは強く剪定しても、幹や枝から新しい葉が出てくれます。このような再生がクロマツはできません。だからこそ、クロマツは一枝一枝を非常に大切します。
 このような性質から、一度いじけたクロマツは、簡単には元の元気な姿に戻りません。葉の色が悪くなったり、落葉したり、芽数が減ったりなどの症状が出た時には、かなりの衰退が起きていることを意味します。だからこそ、枝先の葉が一房枯れただけでも、あやしいと思わなければなりません。ちょっとした変化を見落としてはいけません。
 枝先の葉が枯れた際、土壌を調べると酸欠状態が進んでいたことがあります。すぐに土壌に炭を入れて酸素を確保し、菌根菌のひとつであるショウロをまきました。翌年葉の枯は止まり、その後10年経ちますが生き生きとしています。もし、そのままにしていたら、翌年には何倍もの枯枝が出てしまい、元に戻すことは困難になったことでしょう。
 クロマツは、冬期には移植したり根を切る治療をしてもよいですが、冬期以外は全く触ることができません。何か治療をするなら冬期しかありません。このように限定された時期しか治療ができないので、1年でも早く異変に気付いて樹勢回復処置を施すことが肝要となります。


 庭木としてクロマツを維持するには、クロマツの特殊な性質をよく理解しておくことが重要です。元気がないからと言って水をたくさん与えたり、肥料をたくさん与えることは、かえって逆効果になってしまいます。クロマツとはどんな庭木なのかが分かれば、クロマツが欲している環境を与えることができます。
 クロマツには、太陽光と酸素が最も重要です。まずは、太陽光を妨げていないか。土壌が固結して酸素不足になっていないかを常にチェックしておきましょう。そして、外敵の菌類に侵されていないか。宿敵マツクイムシへの対策は万全か。この手順でクロマツの生育が健全になされているかどうかを常に様子を見て確認していくことで、庭木のクロマツは数百年元気で育ってくれます。

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