代々伝わる庭の大木。何十年何百年と家を守ってくれてるご神木のような存在。そのような庭木をお持ちの方も地方では多いのではないでしょうか。そこにあるだけで安心感を与える大木が、もし危機に瀕していたら大変です。
今回のご相談は、先祖代々大切に育ててきたケヤキの大木のお話です。2年前に間違えがあり幹の一部に大きな傷ができてしまいました。その後傷口は腐ってきて、このままではダメになってしまう。そこで、少しでも元気を取り戻すにはどんなことができるでしょうかというご相談です。
まずは、このまま放っておくとどうなるのか。そして、長生きするためにはどんな対策ができるかについて解説していきたいと思います
このまま腐りが進行するとどうなる?
高さは20m程、幹の直径は60㎝以上あるでしょうか、大きく立派に育ったケヤキです。根元を見ると斧を入れたような大きな傷が確認できます。深さは幹の1/3程度まで深く切り込まれています。
2年前に出来た傷ですが、ケヤキの葉が樹形全体に茂っているところから、この傷が致命傷に至っていないことが分かります。
では、今後この傷は、そしてケヤキはどうなるでしょうか。
まず、傷口が問題になるのは2つの点です。1つは、強度が下がったことによる倒木の危険性です。これは、物理的に幹の一部が損失したことにより、樹体を支えきれなくなり、傷口から折れることによる倒木です。地上20mと高い樹高の場合、てこの原理が働いて、上空の強風が枝葉を揺らし、根元に大きな力が加わってしまいます。台風が来た際には非常に危険です。この強度については、傷口の近くにヒビが入っていたり、風に揺られて傷口付近がひどく揺さぶられている場合は、支柱などによって支えるか、もしくは安全性を考慮して伐採せざるを得ないことも考えられます。強風の影響を最小限にするために地上部を剪定して枝葉の量を減らしたり、樹高を低くする対策もあります。間違いなく、正常なケヤキに比べて強度が低下していますので、倒木の危険性が迫っていないかどうかのチェックは常にしておく必要があります。
もう1つは、材質腐朽菌による腐朽の進行です。材質腐朽菌については、別のブログ「サルノコシカケで枯れた!その後に木を植える時の注意点とは?」をご参考ください。樹木は幹の外側の外樹皮によって菌類の侵入を防いでいます。また、多少の傷は、形成層により防御処置が取られます。しかし、大きな傷になると、あらゆる菌類が簡単に侵入できる状態となってしまいます。菌類の繁殖には温度と水が必要ですが、今回は菌類にとって非常に繁殖しやすい環境でもあります。写真をみると、下側の傷の外側はすでに腐朽が始まっており、下の方まで材質がやわらかくなってしまっています。ちょうど、この部分は雨があたりやすい場所ですから、水の供給により菌類の繁殖が促進されたものと思われます。今後腐朽が進行すると、幹の中側にある材が軟弱になります。そして、強度が低下して倒木してしまいます。よって、現在は倒木に至らなかったとしても、日々腐朽菌の進行により強度は低下しているので、この点においても倒木の危険性は高まるばかりです。また、腐朽菌の中でもサルノコシカケなどの生きている樹を枯死させる菌類が繁殖した場合は、菌類を取り除くのは不可能であるばかりでなく、枯死へのスピードが早まってしまうでしょう。
ケヤキの樹勢はいかに?
ここで、現在のケヤキの樹勢について写真から分かる限りで説明します。
傷口の部分は根から吸い上げた水分が上がることができません。幹はストローを束ねたような構造になっていますので、ストローに穴を空けると水は吸い上げることができない場所ができてしまいます。しかし、現状のケヤキは枝葉の先まで水が上がっている様子です。よって、現在水不足におる衰退は起こっていないと言えます。おそらく、この場所は土壌に多くの水を含むことができ、非常に土壌環境に恵まれているのでしょう。そのおかげで土壌に沢山の根を張り巡らせており、常に多量の水分を吸い上げることができているのだと思われます。実は束ねたストロー上の幹は、ストロー同士もつながっており、水分は横移動が出来ます。根も元気で土壌もよかったことから、これだけの大きな傷を負ったにも関わらず、水分をしっかりと上部へ上げることができているのは、このケヤキの非常に強い生命力の証だと感じます。
次に、幹ですが、コケが付着していますが、幹肌は滑らかで、まだまだ若々しく、これから大きく育つ途中の状態です。老木になるとケヤキの幹は剥がれ落ちますが、そのよのような状況には全くないと言えます。
そして、傷口付近ですが、この2年間にケヤキは一生懸命傷口を治す努力をしています。写真の傷口の外側に見える、まるで唇のような場所がありますが、これは傷口ができた時にはありません。その後この2年間で盛り上がってできたものです。厚みは2cmくらいはあるでしょうか。この盛り上がりの事をカルスと呼びます。カルスは樹木が傷口を塞ぐために新たにつくられる細胞のことです。衰弱した樹ではカルスの生長も弱く、傷口を塞ぐまでに時間がかかります。しかし、このケヤキは2年でこれだけのカルスを作っていますので、樹体のパワーがとても大きいと言えます。
以上から、非常に大きな傷を負ったにも関わらず、元々とても樹勢が良かったことから、致命傷に至らず、むしろ自力で回復しようとしていることが分かります。この回復力を手助けすることができれば、長く生きてくれるでしょう。
ケヤキを元気にするための対策とは?
ケヤキのこれから先に起こる問題は、倒木と菌類の繁殖でした。この2つを回避すれば、もともと樹勢の旺盛なケヤキですので、長生きしてくれることと期待できます。
倒木については、一旦おいておきます。菌類の繁殖についての対策を解説します。写真のように傷口の下側の材質はすでに腐朽が進んでおり、軟弱となっています。軟弱な材質は全部取り除いてしまいたいところですが、かなり深い可能性もあり、また人力での作業も時間を要してしまいます。そこで、2つのことを提案します。1つは、殺菌処置、もう一つは乾燥促進です。
まずは、雨が多く入る状況では、常に湿っていて菌類の増殖につながります。雨があたらない状況を作ってみましょう。おそらく上から降った雨は枝葉を通じて幹に集まります。幹を上から流れる雨が、今は傷口に溜まるのではないでしょうか。そこで、簡単な傘状態のビニールを傷口内上側に固定してけば、上から流れてきた雨水が、傷口のところで傘に沿って外に排出されます。傘は簡易でよく、例えばクリアファイルでつくっても良いと思います。重要なのは、外に向かってしだれた状態に設置することです。そして、傷口は塞がないことです。雨さえ流入しなければ、乾燥していきます。乾燥を待って次の処置に入りますが、その前に殺菌剤を散布しておくことをお勧めします。殺菌剤はトップジン水和剤のような殺菌効果のあるものを水で溶かして散布します。傘をしていても、殺菌剤は何度か散布する方がよいでしょう。少しでも菌類の増殖を防ぐためです。
ある程度乾燥が進んだら、次の処置に移ります。上述したように、ケヤキはカルスを作ることで一生懸命傷口を塞ごうとしています。これを助けるには、カルスが傷口を覆うための場所を作ることです。つまり、傷口の穴を塞いで、外側にカルスが覆うのを誘因するのです。
本来は傷口は塞がずに乾燥状態にする方が、腐朽の進行遅くなり良いとされていますが、今回の傷口は大きいため腐朽の進行よりも、傷口を塞ぐことを優先することをお勧めします。
具体的なやり方は、色々ありますが、提案するならば発泡ウレタンを充填して、外側の外樹皮部分は変成シリコンで成形します。発泡ウレタンは、カルスが巻いている場所から2cm程度低く成形し、シリコンはカルスの手前付近に来るように成形すれば、その上をカルスが覆ってくれるでしょう。
なお、発泡ウレタンを充填する直前に、人工漆にを傷口に塗布することで、中の水分と反応し固化してくれますので、材質の表面の腐朽が今後妨げられます。人工漆は木固めエースの商品名でネット販売しています。
このままカルスが生長すれば、数年後には傷口が塞がり、元の状態近くまで戻ってくれることでしょう。
ただし、幹の中では腐朽菌が木材を腐れせていることには変わりありませんので、この点は忘れないようにしましょう。しかし、倒木の危険性は低くなるとともに、かなり長い間生きることができるので、この方法をお勧めいたします。
まとめ
今回のケヤキの大木は非常に元気が良く、環境にも恵まれています。傷口はとても大きく、ケヤキにとっては今後の寿命を左右するほどの傷ではありますが、処置によっては傷口を綺麗に塞いでくる可能性が十分にあります。
今回紹介した方法はや考え方は1つの提案として参考にしていいただくと幸いですが、この方法がベストとは言いませんので、お近くの専門業者や専門家にご相談されることをお勧めします。
【参考資料】
・樹木医必携・基礎編 小林享夫 坂本功 一般社団法人日本樹木医会 2010.3.31
・樹木医必携・応用編 小林享夫 坂本功 一般社団法人日本樹木医会 2010.3.31
・花木・鑑賞緑化樹木の病害虫診断図鑑 第Ⅰ巻 病害編 編著堀江博道
共同編集安部恭久/柿嶌 眞/金子繁/佐藤幸生/周藤靖雄/竹内 純/星 秀男
一般財団法人農林産業研究所 2020.9.11
・緑化樹木腐朽病害ハンドブック 上島重二 社団法人ゴルファーの緑化促進協力会 2007.8.20
庭木の樹勢診断について詳しくは【タケダ樹木クリニック】までお問い合わせください。
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