樹木の倒木による悲しい事故が頻繁に起きています。今年4月には京都市内で突然シダレザクラが倒木し、遠足の引率中であった高校教諭にあたり、全治数カ月の重傷を負いました。このシダレザクラは樹高9m、樹齢は100年以上の大木で、葉は茂り、見た目では何らいつもと変わらなかったといいます。
昨年3月には、広島市の中心部で高さおよそ16mの街路樹が倒れ、車のフロントガラスが割れたほか同年8月には鳥取市で、高さおよそ21mの街路樹が倒れて女性がけがをするなど、近年、全国で街路樹が倒れる事故が相次いでいます。
そして、5月16日には福岡市のJR博多駅前の広場で、高さ13mのケヤキが倒木し、けが人はいないということですが、万一人にあたれば、軽傷ではすまないでしょう。
このように、近年樹木の倒木が多く、いつ誰が被害にあってもおかしくない状況です。日常生活を脅かす事態になっていことを受け、倒木のメカニズムと対策について解説します。
倒木のライフサイクルと事故の発生
そもそも、樹木のライフサイクルはどのようになっているでしょうか。もし自然の木ならば、まずは種が土中から発芽して徐々に大きくなっていきます。樹木の生長に必要なものの1つに太陽光があります。太陽光をより多く吸収できるよう、ぐんぐんと上へ、そして横へ広がりながら木は生長していきます。樹種によっても違いますが、ある程度生長すると花を付け実をつけて子孫を残します。そして、数十年から数百年の時を経て寿命が尽きます。寿命が尽きると樹体は菌類に分解され、土壌に戻ります。
当然大きく育った樹体の命が尽きて、菌類に分解される過程においては、体を支えることができなくなり、倒木します。自然の森林には様々なライフサイクルの過程を見ることができます。当然倒木している樹木も多くあります。
よって、樹木のライフサイクルでは、最後には倒木するのが普通なのです。それは、大方予想のつく話だと思います。枯れてしまえば葉は落ちて、枝は折れて、幹肌は剥がれていきますので、見た目としてもいつ倒れてもおかしくないと判断がつきます。そして、危ないから倒木する前に、伐採することとなります。
しかし、事故が起きる場合は、枯木の倒木ではありません。多くは、生きている樹木です。それに見た目もなんら問題がなく、まさか倒木するとは思ってもいなかったはずです。上述のように樹木のライフサイクルの終盤であれば、老木となって徐々に衰退する姿が想像できます。事故が起きそうだということも想像できます。つまり、頻繁する倒木事故の対象となった樹木は、ライフサイクルの終盤での倒木ではなく、なんらかの原因により突然に訪れる倒木であったということになります。
突然と樹木が倒木する樹木ライフサイクル以外の考えられる原因を検討します。
突然の強風で倒木するのか
ニュースで倒木が報じられると、前日の強風を原因とされることが多くあります。大木で葉も多く、強風に晒されやすいために、強風で倒木した。本当にそうでしょうか。
確かに、最後の一押しが強風であったかもしれません。しかし、強風が原因であれば、周囲の木は同じく倒木もしくは枝折れしているはずです。また、大木を倒すほどの強風であれば、周囲の建物も瓦が飛んだりガラスが割れてりしていてもおかしくありません。日本人であれば台風を経験している人がほとんどだと思いますが、台風で倒木するほどの強風であれば、あらゆるものが飛び交っていることも想像できると思います。樹木だけが強風で倒れることは稀です。倒木は、樹木そのものがいつ倒れてもおかしくない状況にあり、最後の切掛けとして風に押されたのです。本来正常な樹木はそう簡単に倒れない強固なつくりをしています。
倒木の犯人と共犯者
それでは、倒木の本当の原因は何でしょうか。倒木の本当の原因とは、強風が吹いただけで倒木するほど樹体を支える力を弱らせたのは何であろうかということになります。
それは、樹木の組織を破壊する主犯がいます。そして、その主犯が樹木の組織を軟弱にすることを手助けしている共犯もいます。犯人と共犯の双方が働いた時に樹木の倒木は促進されるのです。では、それぞれについて見ていきましょう。
まず、主犯ですが、上述の森の倒木の時にも登場しました、樹木の材を分解することで生きながらえている菌類です。菌類の中でも、材を分解して腐らせる木材腐朽病菌と呼ばれる菌類です。木材腐朽病菌は地上のあらゆるところに存在する菌類で肉眼で見えるものではありません。バイ菌が口に入らないように手を洗いますが、バイ菌は肉眼では見えないのと同じです。
次に、共犯ですが、主犯の木材腐朽病菌も、元気な樹木にやすやす侵入できるわけではなりません。樹木もそれなりに防御体制を整えています。しかし、外部から樹体に傷がつけられると、木材腐朽病菌の侵入を許してしまいます。共犯となりえるものは、いくつかあり、害虫の食害活動による幹への穿孔や、風や雪による枝折れ、剪定による傷口などがあります。
このように、共犯による樹体への傷口から主犯の侵入を許し、その後倒木の危険性が高まるという構図で倒木は起こるのです。
主犯の木材腐朽病菌とは
材質腐朽病は材を腐朽させる菌類によって引き起こされます。それが木材腐朽病菌です。木材の腐朽は、もちろん枯死材、例えば建築材でも普通に起こりますが、まだ木が生きているうちからその木の材を腐朽させるのが材質腐朽病です。
生きた材部の腐朽や、形成層の枯死を引き起こし、木を衰退させ、やがて枯死させるものから、心材部のみを腐朽させ、木の生育には特に影響を与えないと思われるものまであります。しかし、心材部のみを腐朽させる菌でも、材の支持機能を低下させ、強風時に枝折れを誘発する場合があります。
木材腐朽病菌は、木材の主成分であるセルロース、ヘミセルロース、およびリグニンなどのを分解し、その強度を低下させます。セルロースは、細胞壁に存在し、樹木を支える役割を果たします。リグニンは、細胞間に高濃度で存在し、細胞壁と細胞壁をくっつける役割を果たします。コンクリート構造に例えてみれば、セルロースはコンクリート内部に張り巡らせた鉄筋の役割を果たし、リグニンは流し込まれたコンクリートそのものの役割を果たしています。コンクリートの鉄筋が錆びたり、コンクリートそのものを破壊していくと、当然コンクリートの建物は強度が落ちていき、倒れてしまいます。
樹木の細胞も、鉄筋とコンクリートのような構造になっていて、それゆえ強固な樹体を築き、高く大きく生長しても簡単には倒れないようになっています。しかし、木材腐朽病菌は、鉄筋とコンクリートをボロボロに腐らせてしまうので、倒木の主犯となるのです。
木材腐朽菌類は、担子菌類、子のう菌類、不完全菌類の3グループに分類され、分かっているだけでも様々な菌類が存在しています。菌類のそれぞれに特徴が違い、心材を腐朽させたり、辺材を腐朽させたり、両方を腐朽させたり、生きている細胞への影響の強弱などが違います。
これが倒木の前兆だ
倒木の原因と主犯と共犯がいることが分かりました。それでは、倒木の危険性に少しでも気づくにはどうしたらいいでしょうか。それは、主犯と共犯を見つけることです。
まず、主犯である木材腐朽菌類ですが、通常は樹体の中で活動しているため、外から診て存在を見つけるのは難しいでしょう。しかし、木材腐朽菌類が子実体を形成する場合は、樹体の外に形成するため発見することができます。子実体とはキノコのことです。菌類はある程度充分な養分を吸収しながら分解すると、さらに胞子を飛ばして菌類の増殖を図ります。その際に胞子を飛ばす道具が子実体です。よって、子実体を発見したら、もはやその樹木は全体に菌類に侵されている可能性が高く、即座に倒木の危険性有と判断することとなります。ただし、子実体は菌類の種類によってそれぞれ決まった形をしていますが、菌類の種類によっては、枯木にしか発生しないものもありますので、その場合は先に枝や幹が枯れて、そこに菌類がついたと判断しなければなりません。問題なのは、生きている木を分解してしまう木材腐朽菌類の子実体のみとなります。
このように主犯を予め見つけるのは難しいとなると、共犯を見つけることで前兆を発見しましょう。共犯は、枝や幹や根元に外傷を残します。よって、よく見ると傷口が分かります。分かりやすいのは、おがくずが落ちていたり、樹液が出ていたりする場合です。それが即座に倒木の危険性を意味しているわけではありませんが、その傷口から木材腐朽菌類が侵入する可能性がありますので、適切な処置をする必要があります。発見が遅いと、傷口の周囲がボロボロと腐朽してしまいます。その場合は、治療をして腐朽を遅らせたり、支柱により倒木の危険性を防いだり、場合によっては、伐採して安全を確保したりと対策を講じることができます。
主犯と共犯を見つけることで、倒木の危険性をある程度予測できます。万一倒木したら大きな事故になりかねない街路樹や公園の樹木などは、定期的に検査するのがよいでしょう。
倒木が急に増えてた理由
近年のニュースでは、全国各地で倒木が起きているように思います。これまでは滅多になかった倒木が、ここ数年で急に増えたのは何故でしょうか。その理由について考察してみます。
まずは、樹木が植えられた時期と経過年数です。全国に植えられている街路樹や公園樹木は、戦後がほとんどです。そして、現在戦後80年を経ようしています。高度経済成長期には道路や公園が沢山つくられました。同時に10年~20年ものの樹木もたくさん植栽されました。となると、現在の街路樹や公園で見られる樹木は50年~100年くらいの年齢を迎えています。樹木は100年から300年くらいの寿命があります。そうすると、ある程度高齢化していると言えます。高齢化すると人間同様に新陳代謝も抵抗力も弱ってきます。結果として、木材腐朽菌類への抵抗力も弱まり、倒木の危険性が高まっていると言えます。
次に、樹木が育つ環境です。長生きする樹木は良い環境に育っています。樹木にとって良い環境とは、森林のような自然の中です。しかし、街路樹や公園は、コンクリートに囲まれた限られた土壌の中で生きています。人や車が根の上を度々踏んでいきます。森林と比べると窮屈な環境での生活を余儀なくされているのです。当然、十分な栄養分が吸収できず、抵抗力も落ちてきます。それゆえ、街中の樹木は森林の樹木に比べて倒木の危険性が高くなります。
そして、近年の温暖化です。私は島根県の出雲市に住んでいますが、数十年前までは、冬は寒く雪も結構積もっていました。しかし、近年雪が積もるのは年に1度程度、しかもすぐに溶けるほど僅かです。そして、夏には蚊が多くいますが、冬は蚊はいませんでした。しかし、昨年は真冬に蚊が元気よく飛んでいるではありませんか。これと同様に、共犯である害虫も越冬しやすくなりました。越冬する害虫が多いほど食害の被害も多くなり、結果的に共犯行為による倒木の危険性が高くなります。
以上の他にも様々な要因が重なり、近年の倒木が多くなっているのではないでしょうか。そして、今後ますます倒木の危険性は高くなると予想されます。
倒木事故を防ぐための対策
以上より、倒木の事故を防ぐために必要な対策を検討します。
まず、すべての樹木の危険性を回避することは労力として困難です。よって、万一倒木した時には大きな事故になりかねない場所にある樹木に絞って年1度の定期的な点検を実施するのがよいでしょう。特に、高さが高くて、交通量の多い道路や人の往来する公園です。
つぎに、点検した樹木の分類です。分類は、すでに倒木の危険性が高い場合、倒木の危険性は低いが、今後は高くなる場合、危険性が全くない場合、などを記録しておく必要があります。そして、分類の基準を予め決めておく必要があります。前述のように主犯の木材腐朽菌類の子実体が発見されれば、当然危険性はもっとも高くなります。このような基準を決定しておきます。
また、点検内容を記録して、時系列での判断も必要です。数年を見比べて危険性が高くなっているのか、それとも低くなっているのかを時系列で確認することで対策の判断の素材とします。樹木は生きているので、その樹勢が強いかどうかが今後の状況を決めます。単に点検した時点での判断ではなく、傾向がどうなっているかを判断することで、毎年の管理方法を変えることができます。剪定の方法や施肥の内容、害虫消毒の時期と種類などによって、樹木をより活性化することが可能です。その判断材料は時系列による記録が最適です。
このように、倒木の危険性を回避して住みよい安全な街づくりを持続するには、つねに判断できる状況を作っておかなければなりません。
ここでは詳しく触れませんでしたが、主犯である木材腐朽菌類や共犯である害虫や傷口について具体的事例は別のブログで解説していますので、参考にして下さい。
参考ブログ
・樹の根元が以上に膨らんでいるけど大丈夫?
・樹にサルノコシカケがあるけど問題はない?
・サクラの幹から樹液が垂れているのは問題ない?
・庭木の根元に開いた穴は、放っておいて大丈夫ですか?
【参考資料】
花木・鑑賞緑化樹木の病害虫診断図鑑 第Ⅰ巻 病害編 第Ⅱ巻 害虫編 竹内浩二 近岡一郎 堀江博道
一般財団法人農林産業研究所 2020.9.11
樹木医必携・基本編/応用編 小林享夫 坂本功 一般社団法人日本樹木医会 2010.3.31
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